● 予はときに
予はときに感ずることがある。人間には運命というものがあって、自分である程度までこれを開拓していくことができる。世人に暇があったら何をなすとか、金があったら何々を実行するとかいって、暇と金とに全責任を負わせている者が多数である。が、実際、この暇と金とも自分でどうにかしてこしらえるものだということを深く確信しているものはないようである。予はこの当時は、別にどうとも感じなかったが、今から考えてみると、たしかに人間というものには一種の運命というものがあって、これをある点まで支配することができるものだと思う。
―― 片山潜 [wiki]
- ひまなことは
ひまなことは、忙しいよりはよいものだ。余分なものは何ひとつないわれわれ庶民にとって、時間だけが財産である。
―― B・グラシアス
- 学ぶに暇なしと
学ぶに暇なしと言う者は、暇ありといえども、学ぶこと能わず。
―― 劉安 [wiki] 『准南子(准南鴻烈解)』
- 自ら責むることに
自ら責むることに厚ければ、何ぞ人を責むる暇あらんや。
―― 春日潜庵
- 一人でいるとき
一人でいるとき、女たちがどんなふうに時間をつぶすものか、もしそれを男たちが知ったとしたら、男たちはけっして結婚なんかしないだろう。
―― O・ヘンリー [wiki]
- 確信を
確信をもつこと、いや確信をもっているかのように行動せよ。
―― ゴッホ [wiki]
- 人生における無上の幸福は
人生のおける無上の幸福は、われわれが愛されているという確信である。
―― ユーゴー [wiki]
- 愛されていることの確信は
愛されていることの確信は、内気な人をも自然な状態にすることによって、その人に多くの魅力を与える。
―― モロア
- 自殺とは人間的能力への
自殺とは人間的能力への窮地の確信なのです。ある意味で野心であり、虚栄ですらあるかもしれません。決して自己放棄ではありません。
―― 亀井勝一郎 [wiki
- 信仰とは
信仰とは神の恩寵についての生き生きとした、己を賭けた確信である。そのため「千たび死するともいとわざる」ほどに。
―― ルター [wiki]
- お若く見えますな
お若く見えますなと、友人からお世辞を言われたときにはいつでも、だんだん老けてきたなと思われているのだと確信するがいい。
―― アーヴィング [wiki]




