●真の信仰とは
真の信仰とは、何曜日に精進ものを食べ、何曜日に教会へいって、どんな祈りをささげるか、ということを知ることでなく、つねにすべての人を愛して、正しい生活をいとなみ、つねに自分にしてもらいたいと思うことを隣人にしてやることである。ここに真の信仰がある。ほんとうの賢人、またあらゆる民族の聖者たちはすべて、つねにこの信仰を教えてきたのである。
―― トルストイ [wiki]
- われわれは友人はなくとも
われわれは友人はなくとも生きていける。けれども隣人なしには生きていけない。
―― トーマス・フラー
- たとえ信仰をもたなくても
たとえ信仰をもたなくても、祈るのはなんとなく気の休まるものである。
―― チェーホフ [wiki]
- 生活の中に
生活の中にいろいろのことが入り込むので祈れない、という言い訳をする人たちがいます。そんなことはあり得ません。祈るために、仕事を中断する必要はないのです。仕事を祈りであるかのようにし続ければよいのです。黙想をいつもしている必要もなければ、神と語っていることを意識することも必要ではありません。
どれほどそれがすばらしい体験であるにせよ、大切なのは、神と共にあり、神と共に生き、神のみこころを自分のものとして行うことなのです。清い心で人々を愛し、すべての人、特に貧しい人々を愛することが、間断ない祈りになるのです。―― マザー・テレサ [wiki]
- 人間は自然の与えた
人間は自然の与えた能力上の制限を越えることは出来ぬ。そうかといって怠けていれば、その制限の所在さえ知らずにしまう。だから皆ゲーテになる気で精進することが必要なのだ。
―― 芥川龍之介 [wiki]
- あらあらしき言葉を語らず
あらあらしき言葉を語らず、道理と真実の言葉を語り、言葉によりなんぴとをも怒らしめない者、われはかかる人を聖者を呼ぶ。
―― 仏陀(釈迦) [wiki]
- 死の痛ましい姿も
死の痛ましい姿も
聖者には怖れとならず、信者には終焉とならず。
それは、前者を生にもどし活動を教え後者を力づけ来世の祝福への希望を与える。
両者にとって死は生となる。―― ゲーテ [wiki]
- 青春は
青春は単なる人生の花盛りではなく、来たるべき結実の秋への準備の季節である。
―― 竹越与三郎 [wiki]
- 賢人は
賢人は敵から多くのことを学ぶ。
―― アリストパネス [wiki]
- 長い話を切り詰めて
長い話を切り詰めて、短い言葉で適切に語るのは賢人である。
―― エウリピテス [wiki]
- 賢明な人の
賢明な人の目と舌と耳と心は、胸底深くにある。
―― テオグニス [wiki]




