●美は
美は、自由な魂と強い健康の子供である。
―― シェーファー
- 老い先短いことを
老い先短いことをかこち、希望を失いがちな現代の早老者たちは、自らの人生を縮めつつある。機械文明の発達した今日では、腕力よりも頭脳の力を重要とする。だからだんだん青年はいらなくなる。古くさい青年万能主義はやめて、思想が円熟し、経験にとむ年長者を重視しなければならない……。人生は、四〇ではじめて一人前になるのだから、真の人生は四〇にしてようやく始まるのだ。……労少なくして得るところ多い楽しい生活は、四〇以後にはじめて味わえるのだ、……
しかしだ、この四〇で始まる人生のためには、青年は、それまでに十分な修養と訓練とをへておかねばならない。けっして早く名をなそうなどとあせらず、着実に働いて、多幸な四〇歳を迎えねばならない。……
これは、女性でも同じことだ。更年期になったからとて、女の役が終ったと思って老けこんではならない。本当の女の生活も四〇からはじまるのだ、……というのは、女の本務は母になることだけではない。女で良い仕事(頭脳的な人間としての仕事)をした人たちは、みな四〇を過ぎてからだ。……
人生の楽しさも、生き甲斐も四〇からだ。親になるなら四〇までにだ。四〇になるまでに、子供には独立自立の道をつけねばならない。この楽しい時期を子供のために、消費してはならない。……こうして、君たちは健康になり、長寿することができる。四〇を過ぎた人生の旅は、何と楽しいものではないか……。―― ピトキン
- 念仏を
念仏を唱えたからお金がもうかり、或は会社が発展するとか、或は念仏によって病気が直り、健康が保てるとか、長生きできるとか、念仏そのものをまるで魔法使いの呪文のように考えることは間違いです。
―― 加藤弁三郎
- 人間が、自分で自分の内から才能をつくらずに
人間が、自分で自分の内から才能をつくらずに、これを他人から貰い受けることができると考えるのは、無理な話であって、あたかも招かれた先で、医者とたびたび晩餐を共にするだけで、健康を養うことができると考えるようなものであろう。
―― プルースト
- 立派な紳士方の住んでいる
立派な紳士方の住んでいる健康で輝かしい宮殿のための下水溝の役をつとめるのは、娼婦ばかりでなく女全体である。
―― ボーヴォワール [wiki]
- 健康は
健康は、それ自身、一つの宝ではあろうが、時として健康でなくとも、非常に幸福でありうる。しかし、愛なくしては、何びとも、すぐれた才能をもっているひとでさえ、幸福ではありえない。
―― ヒルティ
- われわれはあまりにも自分を知らなさすぎるので
われわれはあまりにも自分を知らなさすぎるので、多くの人は、健康なときに自分は死ぬのではないかと思ったり、死にかけているときに自分は健康だと思う。熱が出そうになっているのに、腫れものができそうになっているのに、少しもそれに気がつかない。
―― パスカル[wiki]
- 君の健康を回復するためには
君の健康を回復するためには、薬も療法も君に必要ではないのだ。もっとも簡単に暮らすことがいちばんよい方法かもしれない。少し食べ、少し飲み、そして早くから休むことだ。これは世界的な万能薬だ。
―― ウジェーヌ・ドラクロワ
- 若いころ
若いころ、私は人生の「幸福」として認められていることを箇条書きにしてみたことがある。健康、愛、才能、権力、富および名声等の現世的な欲望を並べたて、それを賢明な先輩に得々としてみせた。
その先輩は言った「なかなか結構だな、それに順序もまずまず無難だ。しかし、それがないと君の表が耐え難い重荷となる唯一のものが欠けているようだ」。
彼は私の表を消して次の文字を書いた――心の平和。―― ジョシュア・リーブマン
- 子供を父や母に結びつけていた絆は
子供を父や母に結びつけていた絆は決して切れる事はないけれど、それはゆるむのである。それは他人に打ち勝たれ、それゆえ他人が魂のなかへ侵入する時期である。
―― ロレンス [wiki]
- 人間の強い習慣や
人間の強い習慣や嗜好を変えるものは、いっそう強い欲望のみである。
―― マンデヴィル [wiki]




