ブログパーツ提供を再開してみます。
更新は相変わらず出来そうもないですが、近々一気に追加するかも?

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●賢人は

 賢人は敵から多くのことを学ぶ。

―― アリストパネス [wiki]

  • 長い話を切り詰めて

     長い話を切り詰めて、短い言葉で適切に語るのは賢人である。

    ―― エウリピテス [wiki]

  • 賢明な人の

     賢明な人の目と舌と耳と心は、胸底深くにある。

    ―― テオグニス [wiki]

  • いかなる賢人にも

     いかなる賢人にも他人の忠言が必要であり有効な時がある。

    ―― T・A・ケムピス [wiki]

  • 人間はおのおの他人の中に

     人間はおのおの他人の中に自分を映す鏡を持つ。そして、その鏡により自己のもろもろの罪過や欠点や、その他のあらゆる種類の悪い方向を見て、わが身をかえりみ、正すことのできるものこそ賢人といわれるに価するものである。

    ―― カトー

  • 真の信仰とは

     真の信仰とは、何曜日に精進ものを食べ、何曜日に教会へいって、どんな祈りをささげるか、ということを知ることでなく、つねにすべての人を愛して、正しい生活をいとなみ、つねに自分にしてもらいたいと思うことを隣人にしてやることである。ここに真の信仰がある。ほんとうの賢人、またあらゆる民族の聖者たちはすべて、つねにこの信仰を教えてきたのである。

    ―― トルストイ [wiki]

●あるいは、死は

 あるいは、死は、生とひとしく、生は、死とひとしいと言えるかもしれない。生きて、飲みかつ、喰うこと、これも、われわれの感覚のでっち上げたえそらごとなのかもしれない。されば、死とは、永遠のねむり以外の何ものであろうか? 生とは、ねむりつつ、かつ、喰うことに、存するのではなかろうか。

―― アリストパネス [wiki]

  • ものの理を説くことは

     ものの理を説くことは、人をつき飛ばすことに等しい。

    ―― アラン [wiki]

  • あたかもよくすごした一日が

     あたかもよくすごした一日が安らかな眠りをあたえるように、よく用いられた一生は安らかな死をあたえる。

    ―― レオナルド・ダ・ヴィンチ [wiki]

  • 充実した一日が

     充実した一日がしあわせな眠りをもたらすように、充実した一生は幸福な死をもたらす。

    ―― レオナルド・ダ・ヴィンチ [wiki]

  • 生まれたものに

     生れたものに死はかならず来る。死せるものはかならずまた生まれる。さけられないことをなげいてはいけない。
     生れる前には、存在は人の感覚で明らかでない。生れてから死ぬまでの間だけ明らかであり、死とともに、また明らかでなくなる。ここになんの悲しむべきことがあろう。
     生きているものすべてのなかに住む『かれ』は、永遠にうちこわされることがない。だから何者のためにも、けっしてなげくことはないのだ。

    ―― バガヴァド・ギーターより
    ※バガヴァド・ギーター:ヒンドゥー教の古典・聖典

  • 死はイメージを

     死はイメージを欠いているから想像できない。死は思想を欠いているから考えられない。さればわれわれは永遠に生きる者であるかのように生きなければならない。

    ―― モロア
    ※フランスの小説家(?)